LOGIN帝都ラティナスの城門をくぐるとき、夕陽が赤く石畳を染めていた。
城門前の将校詰所──帰還兵が一時的に身を休める控え室の前に、一人の男が立っていた。帝国宰相セイラン=ミラヴィス。
帝国の政務を統べる重鎮でありながら、その姿はひどく静かだった。護衛も従えず、ただひとり。
その手には、小さな金属製の水筒と、葡萄酒の包み。「……遅くなったが、間に合ったか」
中から扉が開いた。
軍服のまま、顔に汗と土を残した青年が現れる。背は高く、軍靴の音が堂々としている。一瞬、セイランの心臓が跳ねた。
──あまりにも似ていた。
かつて、死に際に自分の腕の中で息絶えた男に。 だが、違う。目が違った。アレクシスは、銀筋の走る瞳をしていた。
どこか隔絶した光を宿し、孤独を湛えていた。 カイの瞳は、夜のように深く、触れれば温かい黒だった。「……おかえり、カイ」
「父上……!」青年が足音を早めた。
――待ちきれないというように。
セイランが言葉を選ぶ間もなく、その腕に抱きしめられて、一瞬、息を飲む。黒衣の上から伝わる体温。大きな手が背を包み、骨が軋むほどに強く引き寄せられる。
それは、親子の情愛で交わす抱擁とは、どこか異質な、熱を帯びた力だった。
「……父上」
声が低く、静かに落ちた。七年で大人びたその声には、抑えきれない何かが含まれている気がした。幼かったあの子が、いつの間にかこんな声を出すようになったのかと、胸の奥が少し震えた。
かつて、何度も自分が抱きしめた身体だった。
眠る前に。泣いた夜に。 細くて頼りなかったその体は、今では重く、確かな力を持っていた。「……立派になったな」
セイランはようやく、それだけを口にした。
思い出がよぎった。
同じように自分を抱いた、あの男の姿。 カイの父親。 死に際、何かを言いかけて途絶えた唇の形。だが、目の前のこの体は生きている。
血が通い、息をしている。カイだ。
自分が育てた──もう子供ではない、男だった。セイランは静かに目を閉じて、わずかに身を預けた。
「……大きくなったな。まさか、こんなにも背が高くなるとはな」
「もう七年も前だ、最後に抱きしめられたの。……実戦に出た日の朝」 「そうだったか……。お前のことは、毎月の報告書では見ていたつもりだったが、こうして見るとまるで別人だ」「父上こそ。髪、伸びましたね」
二人はわずかに笑い合う。
城門の先、遠くで市場の鐘が鳴った。***
セイランの私邸は、帝都の東区の高台に建っている。
人通りの少ない通り沿い。中庭には季節ごとの薬草と花が植えられ、夜風がそっと葉擦れを鳴らしていた。調度は質素で、だが手入れの行き届いた木製の家具に囲まれている。
壁際の棚には、古びたチェス盤。 机の脇には、小さな背もたれの椅子──かつて少年だったカイが座っていたものだ。そして、書斎の奥にひとつだけ触れられない棚がある。
ガラス扉の中に収められた、黒銀の軍服。金の腕章。手帳と、金属製の指輪。 番だった男、アレクシスの遺品だった。今夜、その部屋にカイがいる。
木製のテーブルに並ぶのは、香草を添えた肉と、色とりどりの副菜。
グラスに注がれた熟成酒が、燭台の灯りを淡く反射している。対面に座るカイは、ほんの少し落ち着かない様子だった。
だがセイランの視線を受け止めるたびに、微かに口元を和らげる。 その笑みが、少年だった頃の面影を思い出させた。「変わってないな、この家」
「変える理由がない。……誰も来ないからな」カイはテーブルの脚を指でなぞるようにして言った。
「この傷、俺が昔つけたやつだ。室内で剣の練習をしてて、怒られて」 「よく覚えているな。……俺は、忘れていた」ふと、玄関の方からノックが響く。
セイランが扉を開けずとも、伝声管を通して声が届いた。「皇帝陛下より、将カイ閣下へ。明朝の謁見を仰せつかっております」
返事もそこそこに、カイはグラスを揺らして呟いた。
「何が皇帝陛下だ、ユリウスめ……無粋なやつ」
セイランは静かに笑った。
「仲が良かっただろう。あの子とは、兄弟のように育ったはずだ」
「……あいつは、帝国の象徴です。俺は軍人。今は、それだけです」酒のせいか、カイの頬が少し赤い。
言葉のあとに、ふと沈黙が落ちた。 そして──ぽつりと、静かに。「……俺は、父上といたい」
その一言に、セイランの胸がきゅう、と鳴った。
過去がよぎる。 かつて、同じ言葉を、違う声で言われた気がする。(あいつと、同じ……)
記憶の波が心を叩いた瞬間──ふいに、空気が変わった。
香の香りが、わずかに甘さを増した気がした。
いや、それは違う。これは……。肌の表面が微かに熱を帯びる。
喉が渇くような感覚。呼吸が、浅くなる。セイランはゆっくりと、目を伏せた。
──発情の気配。
Ωの体は、周期に抗えない。
三ヶ月ごとのそれは、すでに数十年にわたり薬で抑えてきた。 だが今夜のこれは、ただの周期ではない。これは明らかに、この子に反応している。
カイの匂いに、声に、体が勝手に熱を持った。 数十年、抑えてきたはずなのに。 よりによって──この子に、今。 (最低だ。俺は、何をしている) 胸の奥で、自嘲が滲む。 セイランはさりげなく席を立ち、カイに見せぬように書棚の引き出しを開けた。中には、銀縁の小瓶。
淡黄色の錠剤が数粒入っている。 手慣れた動作でひと粒を取り出し、グラスの水で静かに流し込む。「……まったく、今さら使うことになるとはな」
ぽつりとこぼれた独白は、燭台の火にかき消された。
振り返ると、カイは気づいていないようにグラスを弄っていた。
けれど、セイランにはわかっていた。香りも、熱も、目の色も。
もう、少年ではない。そして──それ以上の何かを、彼は欲しようとしている。
セイランはゆっくりと息を吐いた。
薬が効くには、少し時間がかかる。それまでの間、どうか何も起きないように。
そう祈るように、手元のグラスを指でなぞった。
***
夜が更け、書斎にふたりきりの時間が流れていた。
蝋燭の灯は弱く、香炉の煙がわずかに滞る空気を撫でている。いつもなら、もう休む時間だった。
だがその夜は、会話が途切れなかった。カイは遠征先での話をした。
南部国境の地形や補給線の脆弱性、帝国中央の腐敗に対する不満、そして兵たちの暮らしぶり。「兵舎の食事がひどくて。干し肉が石みたいだった。砕いて食うにも、歯が立たなかったよ」
「それで誰かの義歯が飛んだんだったか?」 「よく覚えてるな、父上……」笑いが漏れた。
戦の話のはずなのに、どこか穏やかで、懐かしい夜だった。だが、静かすぎる夜には、何かが潜んでいる。
カイは棚の軍略書を眺めながら、ふと奥の戸棚に目を向けた。
「あの中……まだアレクシスのものが残ってるんだな」
カイにとって「父上」とは、セイランのことだった。実の父であるアレクシスを、そう呼んだことはない。セイランは答えなかった。
目線を落とし、静かにグラスを回していた。棚の前に立ったカイが、かがみ込んで何かを拾い上げた。
硬貨ほどの銀の飾り──手帳に留めてあった、古い金具だ。「落ちてた。戻しておきます」
何気ない仕草で立ち上がったカイが、振り向いたときだった。
足元の絨毯が、わずかに滑った。瞬間、重みがぶつかる。
倒れ込んできたカイの身体が、セイランの膝の上にのしかかる。
とっさに支えようと伸ばした手が、逆に背を抱いてしまった形になった。「……っ、ごめ──」
カイの謝罪が途中で止まる。
顔が近すぎ、瞳が絡む。 カイの瞳は、焦がれとためらいに濡れ、獣のような光を湛えている。――甘い香が、鼻腔を満たした。
発情の香だ。 抑制薬の効果は明らかに間に合っていない。セイランの脳が霞み、熱が腹の底で膨らむ。
指先が痺れるように火照り、呼吸が浅くなる。カイの息も乱れ、互いの香りが混じり合う。
「父上……」
カイの囁きは掠れ、抑えた情熱が滲む。
顔が傾き、唇がそっと触れる。 柔らかく、ためらいがちなキス。唇が触れた瞬間、世界が反転した。
息をすることすら忘れ、胸の奥が焼けるように熱くなる。 柔らかな舌先が唇の縁をくすぐり、震えた呼吸の隙間に甘い音が滲んだ。 理性が霞み、喉の奥で名前が溶ける。「……っ、カイ……や、だめ……」
抗う声が、掠れて息に溶けた。
それでもカイの唇は離れない。 優しさと焦燥が混じったキスが、ゆっくりと深みに沈んでいく。(なんだこれは……キスだけなのに)
セイランの指先が机の縁を掴み、爪が白くなる。
息を吸うたび、香りが肺を満たす──甘く、熱く、発情の香。 薬は、間に合っていない。「父上、そんな声……出されたら、俺はもう……」
囁きが耳に触れた瞬間、全身が粟立つ。
唇が再び塞がれ、今度は遠慮などなかった。 歯の間から漏れる息が絡み、舌が荒々しく深く侵入する。「ん、ぁ……っ、やめっ……カイ……だめ……♡」
唇が塞がれ、次の瞬間、舌が深く侵入してきた。
くちゅっ、と濡れた音が鳴るたびに、喉の奥まで甘く痺れるような感覚が駆け抜ける。 柔らかく、けれど執拗な舌が、上顎をなぞり、歯茎をくすぐり、奥へ奥へと絡みついてくる。 セイランの舌を絡め取り、引き寄せ、押し込まれ──口内のすべてを味わい尽くすように舐め回される。「ん……♡っ、んぅっ、くっ……やぁ……♡」
(奥まで、舌が……全部、這われて……だめだ、こんな……っ)
舌の裏を舐められ、歯の隙間をくすぐられ、最後には口内の奥を吸われる。
ぴちゃぴちゃと淫靡な音を立てながら、舌がセイランの舌を上下に揺らし、ねちねちと絡めとっていく。背筋が震え、身体の芯が熱を帯びる。
脚の力が抜け、腰が勝手に浮いた。 キスだけで、何度も絶頂しかけるほどに、神経が焼かれていく。――なのに、まだ舌が離れない。
吸い、絡め、味わい、蕩けるような熱を流し込み続ける。口内で交わされる、止まらない舌と舌の愛撫。
セイランの喉が、びくり、と震えた。(こんな、気持ちよすぎる……このキス、死にそうなくらい、蕩ける……)
(でも、絶対だめだ……俺は父で、カイは息子だ……こんなの、許されない……!)恐怖のような理性が胸を叩き、汗が噴き出す。心では止めようと叫ぶのに、身体が熱を欲しがっていることに気づいてしまう。
「カイ、だめだ、やめなさい……」
「止められません……!」言葉とは裏腹に、カイの指先は容赦なく襟元に滑り込む。
黒衣の留め具が外され、冷たい空気が肌を撫でると、過敏な突起がきゅっと硬く尖った。「や……っ、そこ、だめ……っ♡」
カイの指が突起をゆっくりなぞり、指先で円を描くたび、甘い快楽が神経を焼く。
ちゅっ──と湿った舌が胸に吸いつき、ぴちゃっ、ぬるっと舐め上げられた瞬間、セイランの腰が跳ねた。「んんっ……♡ やぁ、カイ……あぁっ、やめ……っ♡」
(やさしくて、熱くて……だめだ、気持ちよすぎて……壊れる……!)
(こんなの、知らない……キスよりも、もっと奥にまで来る……!)腹の奥が灼けるように疼き、脈打つ快感が下腹を濡らしていく。
内腿がじわ、と熱を帯び、腰が止まらず揺れてしまう。カイの手が、胸を離れ、ゆっくりと下へと滑り降りていく。
黒衣の裾をかすめ、指先が腰骨のあたりをなぞる。 熱を帯びた掌が、まるで迷うように、下腹部へと──。「っ……や、だめ……そこは……っ!」
セイランの声が掠れる。
言葉より早く、脳が悲鳴を上げた。 これ以上は、戻れない。(だめだ、だめだ、これは……!)
恐怖のような理性が、突如として心を叩いた。
背筋が凍り、汗が噴き出す。 心では止めようとしていたはずなのに、身体が欲しがっていたことに気づいてしまう。 ──どん。足が、反射的に動いていた。
カイの股間を正確に蹴り上げる。
鈍い音とともに、彼が呻き声をあげて崩れ落ちた。「……っ、がっ……」
次の瞬間、平手が飛ぶ。
乾いた音が書斎に響いた。「いい加減にしろ……カイ」
セイランの声は怒りに震えていた。
息は乱れ、拳が震えている。「……っ……父、上……」
「出ていけ」呆然と顔を上げたカイに向けた声は、ひどく冷たかった。
「今夜限りだ。二度と俺の前に現れるな」
静かで、しかし有無を言わせぬ拒絶だった。
「……そんな、俺は──」
「育てたつもりだった。お前を、俺の子として」カイは何かを言いかけて、言葉を失う。
セイランは背を向け、肩越しに最後の言葉を落とした。「……行け。もう、二度と戻ってくるな。親子の縁を切る」
そう言った瞬間、カイは一度だけまばたきをして、何も言わずに振り返った。
その背中が、扉の向こうへ消えていく。音もなく、静かに。たったそれだけの光景なのに、セイランの胸の奥に、何か鋭いものが沈んでいった。
小さなころのカイの顔が、ふと脳裏によぎった。
叱られても泣かずに唇を噛んでいた少年の、泣き出す寸前の、あの顔。 目に力が宿っていて、でもその奥では、震えるような不安を押し殺していた――あの、幼い日のカイの表情と、たった今の顔が、重なった。(……ああ、また、俺は)
怒鳴るしかなかったのは、自分の弱さだとわかっていた。追い出さなければ、きっと、あのまま抱きしめてしまっていた。
だから、傷つける言葉を選んだのだ。 カイが扉を閉めた音が、妙に遠くで響いた気がした。それを聞きながら、セイランは一歩も動けず、ただその場に立ち尽くしていた。
なのに、まだ部屋に残る甘い香りが、彼の肌にまとわりついて離れなかった。
──発情の香。
セイランは息を止めた。
帝国の屋台骨を支えた宰相セイラン=ミラヴィスと、その親友の息子であり育て子──カイ=アレクシオン。 戦乱の終結から十数年、二人は幾多の誤解と罪を越えて、ようやく結ばれた。 英雄の遺志、帝国の未来、そして血のように濃い愛。 全てを背負った末に、彼らはようやく番という名のつながりを手に入れたのだ。 ──その夜も。 長い一日を終え、王宮の寝室に、今日も甘い息が満ちていた。*** 指が絡む。 唇が触れるたび、熱が混ざり、理性が遠のく。「……セイラン」 名前を呼ぶ声は、喉の奥で震えていた。 カイの唇が鎖骨を辿り、胸に舌を這わせる。 そのたび、セイランの肩が僅かに揺れる。「落ち着け」「無理です」 熱を帯びた体温が押し寄せ、肌が擦れ合う音がした。 セイランの腰が僅かに浮いた瞬間、カイはその隙を逃さず、腰を深く押し込む。 押し込まれた瞬間、奥からぬるんと音が滲み、汗ばむ腰が熱を包み込んだ。「……っ、く……」「我慢しないでください」 カイの声が低く、甘く掠れる。 若い熱が理性を焼き尽くし、奥へと打ち込むたびに、セイランの胸が弓なりに反った。「お前……やめ……、あぁ……っ」「やめません」 浅い呼吸。 絡む指の隙間から、汗が零れ、白い肌に光を散らす。 焦点の合わない琥珀色の瞳が、喘ぎに揺れていた。 その目に映るのは、己の育てた青年。 父でも、主でもなく、ただひとりの男として自分を抱く存在。「……カイ、そんな顔で見るな」「好きだから、見たい」 押し殺した呻きとともに、波が弾けた。 セイランの身体が強く跳ね、声にならない息が喉で途切れる。 白い熱が胸の上に散り、静かな夜に滴り落ちた。 荒い呼吸が、まだ互いの胸の間で重なっていた。 全身が汗に濡れ、セイランの喉を伝う水滴が、鎖骨の窪みに消えていく。 カイはその滴を舌で辿り、唇を寄せた。 そこからまた、熱が再び蘇る。「……父上、まだ、いけますよね」 低い声が、耳元をくすぐる。 セイランのまつげが微かに震えた。「……馬鹿を言うな。もう充分だ」「充分じゃ、ない」 カイが唇を離さず、喉元に熱を押し当てる。 そのまま胸を這い、下腹へと手を伸ばした。 セイランが息を呑む。「やめろ」「だって、また……」 指先が触れた瞬間、セイランの腹筋がぴくりと震
──夜更け、私邸の応接間には蝋燭の柔らかな灯りが揺れていた。 ソファに並んだふたりの距離は、最初こそ手の甲がかすかに触れるだけ。 けれど、いつしか──セイランの肩にカイの腕がそっと回されていた。 拒まれなかったその瞬間、 カイの喉がわずかに上下し、抑えた熱がきらりと滲む。「今日は、時間をかけて……あなたを、全部愛したい」 腕の中で固まったセイランの呼吸が、ひとつ乱れる。 首筋に落ちる熱い息。指先に伝わる小さな震え。「……こうしてると、落ち着く」 ぽつりと落ちた声に、カイの表情がふっと和らぐ。「あなたが俺にそう言ってくれるなんて。……何度でも聞きたい」「……うるさい」 言葉は冷たいのに、指先は拒まない。 カイの手を握り返した瞬間── 静かな呼吸がふたりのあいだに溶けていく。 唇が首筋に触れた。「……カイ」 掠れた呼び名。 セイラン自身が気づくより先に、身体が答えていた。 ボタンが一つずつ外されていく。 ほどくのは布だけじゃない。 記憶も、緊張も、長く抱えてきた痛みでさえ。 胸元をなぞる指に、セイランの喉がかすかに鳴る。「っ……そんな、なぞるな……」 抗議の声よりも、震えのほうが正直だった。 カイはその震えごと抱きしめるように、肩に唇を落とす。「今日は、あなたが崩れていくところを、ちゃんと見たい」「……お前は、甘い言葉を覚えすぎだ」「あなたが教えたんですよ」 濡れた音とともに唇が絡む。 静かな部屋に、くちゅ、という音だけが落ちていく。「ベッド、行きましょうか」 掠れた声は、カイ自身も抑えきれていない証だった。*** ベッドに沈むセイランの髪が夜灯に照らされ、柔らかく広がる。 頬に触れれば、セイランは目を伏せて受け入れる。 急がない。もったいなくて、触れるたびに胸が詰まる。 鎖骨、肩、腕へ── カイの唇が辿るたび、セイランの呼吸が少しずつ甘く揺れる。「……焦らすな」「焦ってません。見ていたいだけです」 腰骨をなぞると、セイランの腹がわずかに跳ねた。 その反応があまりに可愛くて、 カイは一瞬だけ思わず強く抱き寄せる。「っ……ん、あ……」 下腹部を撫でる舌に、脚が震える。「……カイ、もう……」 掠れた声にキスで応え、耳元で囁く。「もう少し……あなたが、俺を欲しくてたまらなくなる
王宮内・軍参謀室、午後。 伝令の靴音が遠ざかり、静寂が戻る。 主席参謀ゼノの横で、書類を束ねていた副官がふと呟いた。「……宰相殿、最近はずいぶん穏やかですね」 ゼノは手を止めず、淡々と報告書へ印を押す。「穏やか、か。憑き物が落ちたようだと?」「ええ、そんな噂も。以前とは別人みたいで」 しばし沈黙ののち、ゼノはわずかに笑った。「変わったのか、戻ったのか……さてな」 印章を机に置き、低く続ける。「どちらにせよ、本質は変わらん。……あの方は、最初から誰かのために剣を取る人だ」*** そんな噂話が交わされたのとほぼ同じ時刻、 セイランの執務室では、午前中に処理された閣議文書が整然と並べられていた。 端正な筆跡、余白もぴたりと揃い、乱れは一つとしてなかった。 ──だが、筆を置いたその指先には、かすかな余熱が残っていた。 ノックの音。「入れ」 いつも通りの落ち着いた声が、意図せず少しだけ低く響く。 扉が開き、黒衣の青年が姿を見せた。「報告書をお届けに参りました、宰相殿」 カイ=アレクシオン。 皇帝代理の肩書きでありながら、わざわざ報告書を自ら運んでくるのは、もはや日課に近かった。 セイランは視線を上げぬまま、手を差し出す。「……机に置け」 だがカイは、言われた通りにはしなかった。 書類をそのまま手渡しに差し出す。 セイランもまた無言で応じ──指先がふれる。 ──昨夜、何度も交わした肌の熱が、指先の接触だけでよみがえる。 まるで熱が、まだそこに残っているようだった。 ふたりの視線が、自然と絡み合う。 書類の束がわずかに傾ぎ、カイの手が少し長く、セイランの手に添った。「……今日は顔色がいいですね」 ぽつりと、カイが言う。 声には気遣いの体をとりながら、微かな悪戯っぽさが滲んでいた。 セイランは書類を受け取りながらも、視線を逸らさずに言った。「……お前が来たからだろう」 その声は静かで、けれど抑えようのない熱が微かに混じっていた。 頬に浮かんだ色を隠すように、セイランは書類を読み始める。 だが、わずかにほころんだ口元は、否応なく余韻を物語っていた。「昨夜は、ずいぶんご熱心でしたからね」「……無駄口が過ぎるぞ」 ぴしゃりとした声に、カイは素直に頭を下げる。「失礼。けれど、ゼノと副官が少し噂してまし
眠りに落ちたはずなのに、深く沈むどころか、意識は逆に浮かび上がっていた。 霧がかった世界。足元だけがやけに冷たい。 その先に、ひとつの影が立っていた。 黒い軍装。 長い黒髪。 広い背中。 ――アレクシス。 呼んだ覚えもないのに、胸の奥が勝手にその名で震えた。 彼は振り返らない。 あの夜と同じだ。 決意だけを背中に背負い、帝国に刃を向けようとしたあの瞬間。「待て、アレクシス……やめろ。戻れ」 夢の中の声は掠れていた。 現実では届かなかった言葉。 本当は、もっと必死に叫びたかったはずだった。 だが影は止まらない。 ずっとそうだった。 彼は帝国を壊すために進み、セイランはそれを止めきれず、説得できず、救えず―― 最後には、刃を向けるしかなかった。 彼を、己の手で。(……ごめん。俺は……) 言えなかった言葉が喉の奥で渦を巻く。 あの瞬間、言いたかった。 抱きしめてでも止めたかった。 けれど、できなかった。「……アレクシス、俺は……」 影がようやく振り返る。 月光を含んだような 銀の筋の瞳 が、霧の中で細く光った。 口元には、あのときと同じ、静かな笑み。 責める気配は微塵もない。ただ――どこまでも遠い。 そして――彼はゆっくりと口を開いた。「……もう、いい」 その一言で、胸に残っていた憎しみも怒りも後悔さえも、ぜんぶ剥がされるような感覚になる。 赦されているのか。 それとも、突き放されているのか。 どちらにしても残酷だった。「……まだ、終われない……」 手を伸ばそうとした瞬間、霧が風のように吹き荒れ、アレクシスの影をさらっていく。「待て……っ、行くな……!」 届かない。 今でも止められない。 殺した夜の感触が、指に、胸に、焼き付いたまま離れない。 霧の向こうで、最後に彼が言った。「セイラン。……泣くな」 その声で、胸の奥がぐしゃりと歪む。 そのときだった。 後ろから温かい手が、そっと指を絡めてきた。「……父上」 振り向くと、そこにはカイがいた。 黒い軍装でも、亡霊の影でもない。 ただ昨夜、セイランを抱いた男の姿だった。 強くも、優しくもない声で、ただ静かに言う。「俺は、いなくなりません」 やわらかく、確かに、現実へ引き戻す温度。 消える影とは違う、ここにいるという重
「……了解です。全部、抱かせてもらいます」 太腿の内側に触れたキスが、合図のように熱を帯びる。 次の瞬間、腰を引き寄せられ、奥へと深く―― ずん、と身体の芯まで貫かれた衝撃に、セイランの視界が真っ白に反転した。 喉が詰まり、息が止まり、身体が跳ねる。 「――お゛お゛っ……!」 叫びにも似た声が、喉の奥からこぼれ落ちた。 腰がびくびくと痙攣し、内側がぎゅっと締まる。 絶頂にも似た、甘く鋭い衝撃。 熱が一気に駆け上がり、眩暈すら覚える。 けれど、それだけではなかった。 もっと深いところ── 意識の底、理性の届かない場所で、何かが繋がったのだ。 心の底に沈んでいた何か――孤独、罪、未練、痛み―― そのすべてが、熱に貫かれて溶かされていく感覚。「セ、イラン……きつ……すご……」 カイの声が遠く聞こえる。 セイランは、ただ黙って、身を震わせていた。 涙が、無意識に零れていた。 番になった。 もう、戻れない。(……これが、カイとつながる感覚……っ) カイの動きが、次第に強く、深くなっていく。 押し寄せる熱量と、肌がぶつかるたびに鳴る、ぱん、ぱんっという湿った音。 体内の奥が擦られ、ぬちゅ、ぬちゅっ……と水気を帯びた音が、繋がった場所から漏れた。 それが自分の身体から響いていると気づいた瞬間、セイランの喉がかすかに震えた。 「っ、やっ……そんな……音立てて、……だめ……っ♡」 羞恥に顔を背けても、カイの腰は止まらない。 奥を抉られるたびに、ぬぷ、ぬちゃっといやらしい音が響き、吐息も甘く乱れていく。 でもカイは止めない。むしろ、そう言われたことで動きが熱を増す。「だめなんじゃなくて……気持ちいいんでしょう?」 低く、耳元で囁かれる。 次の瞬間、角度を変えて深く突き上げられ、 セイランの身体がベッドごと跳ねる。「あっ♡ ああっ……んっ♡ やっ、そこっ……だめ……っ♡♡」 腰が勝手に逃げようとする。けれど、腕の中に抱えられ、逃げ場なんてない。 肌が擦れ合うたび、火照りと快楽が交互に全身を駆け巡る。「前のときと……違……♡」「こ、こんな……っ、奥まで……全部、埋められて……♡♡」 呟いた瞬間、自分で言った言葉に目が潤む。 羞恥と快楽で、もうどちらが苦しいのかわからない。「……すごく、いい……
「……言われただけで、こんな声が出ちゃうんですね、父上」 カイの声が、ぐっと近づく。 耳朶に舌が触れ、唾液混じりの熱い息がふっとかかる。「……もっと教えて?」 指が頬を包み、視線を逃がさせない。「このまま、俺があなたの奥まで触れて──快楽で、何度も震えるその声を聞いたら。……その先に、何を望んでる?」 セイランの脚の間に、手が滑り込む。 衣の隙間から差し入れられた指が、内腿をなぞりながら、そっと前へ──中心部へと触れた。 「……っ、カイ……!」 咄嗟に声が跳ねた。 下着越しでも、熱のこもったそこに触れられると、セイランの腰がびくんと震える。 柔らかな布越しに形をなぞるように、カイの指がそこを押し撫でる。 「……触ってほしいんだよね、ここ」 「言って。どこを、どうされたいのか──ちゃんと」 低く掠れた声。 真っ直ぐで、逃げ場のない言葉に、セイランは唇を噛み、顔を逸らす。 けれど── 「……そこ……前……触って……っ」 自分でも信じられないほど、情けない声だった。 それでも、欲望には抗えなかった。 「擦って……カイ、擦ってほしい……そこ、……気持ちいいから……っ」 「……了解です、父上」 カイの手が布を押し下げ、熱を帯びたものを露わにする。 指先が、先端からゆっくりと撫で上げられる。 もう濡れていた。興奮の証が、とろりと先に滲んでいる。 「……ここが一番、感じるんですね」 囁かれるたびに、恥ずかしさと快感が混ざって、セイランの胸がきゅうっと締めつけられる。 指先が竿をやさしく包み、亀頭を親指で円を描くように撫でる。 「ひ……あっ、やっ、だめ、そこ……♡」 反応が正直すぎて、自分でも苦しくなる。 でももう止まらない。 擦られるたびに、快楽が上へ上へと登っていく。 「そんなに気持ちいいなら……もっとしてあげます」 カイの手が、ゆっくり、けれど確実に動き続ける。 指で包むように前を扱かれながら、熱いキスが胸元を這い、乳首を吸い上げる。 「カイ、だめ、いっ……ああっ……!」 喘ぎが連続して漏れ、背が反る。 指の刺激と、舌の責め。身体が上下で引き裂かれるように快感を飲み込まれていく。 「……イきたいですか?」 「……いかせて……っ、カイ、お願い……!」 そう呟いた瞬間、指の動きが強まった。 強く